きっとそんなことはないのだが、歯医者さんのカルテに「マル舌」みたいな記号を付けられている気がする。
わたしの舌は、とにかくよく動く。
舌を動かしちゃダメ!と思えば思うほど、身体中の全神経が舌に向かい、望まぬ動きを暴発させる。治療中の歯に舌が向かう(危ない)、先生の指を舌で追う(キモい)、突然の渾身のれろれろの発動(もう最悪)。
口を全開にしながら、何度心の中で「(うわあああああああああ!)」と叫んだだろう。
それでも3ヶ月に1度、きちんと検診と歯石取りとホワイトニングをしてもらいに行くのだから、わたしは立派な大人である。
「脳は否定形をとらえられない」と、何かの本に書いてあった。
たとえば「赤色のイメージをしないでください」という言葉にも、脳は「赤色」のイメージを湧かせてしまう。
だから「廊下を走らないで!」よりも「廊下を歩きましょう!」が有効で、「こぼさないように気をつけてね!」ではなく「ゆっくり運んでね!」が正解、だという。
「舌を動かしてはいけない」と念じるほどに舌が元気になるのも、同じ理由だろう。舌に肯定文での指示を与えたら、ひょっとしてうまくいくのかもしれない。
ちょうど歯医者に行く機会があった。
口を開けるに際し、肯定形で舌に指示をする。「(舌は上あごの位置にいてね、舌は上あごの位置にいてね……)」。
下手くそな「R」の発音のように、舌を喉方向に引きつけ緊張を与える。
わたしの舌「…………」
……いいぞ!いいぞ我が舌!このまま行くぞ!
「(舌は上あごの位置に、舌は上あごの位置に……)」
しかし、二度目のうがいを挟んだあと、どうにもきつくなってきた。
指令を変更する。「(舌は前歯の裏の歯茎の位置に、舌は前歯の裏の歯茎の位置に……)」
わたしの舌「…………」
……完璧だ!完璧だよ、舌!
こうして、肯定文指令を2種使うことで、舌の動きの制御に成功したのだった。身体への知恵の勝利である。
ところが翌日、顔が固い。なんなら、痛い。頬の肉がいつもの30倍くらいの重さに感じる。
果てには突然、顔がピクピクと動き出す。あ、これ、ストレスでなるやつじゃん!と気づく。身体からの逆襲である。
完全なる敗北だ。
その後、顔のビクビクは2日半続いた。数時間ならまだしも、この不便の持続は無視できない。
かくして、わたしは第二作戦を講じることとした。それは「舌を鍛える」というものである。
「舌を鍛える」と検索したら、一番上に魅力的な見出しを見た。
『顔のたるみも噛み合わせも改善!? 舌を鍛える!「ベロ回し体操」』。
なんと!?万能ではないか!?!?
記事によると、「ベロ回し体操」をすれば、舌の筋肉だけでなく、口の中・顔・のど・首・あご・頭についているおよそ70種類もの筋肉を刺激することができるのだという。

歯医者のときに舌に命令を出しても疲れにくくなるのに有効とは書いてなかったが、「お口の恋人ロッテ」の関連サイト「噛むこと研究室」の情報である。きっと良い効果があるに違いない。
我が舌のれろれろを抑えるために、そしてついでに顔のたるみと、噛み合わせを改善するために、わたしは今日から舌を回すと決めた。
くれぐれも、舌のれろれろパワーが増幅する方向に向かわないことを願いつつ。